メタメタ認知


取引先である会社を経営する年上の男がいた。もう亡くなってから随分経つ。
彼が我が席に立ち寄っていろんな話をしてくれるのだが、この話がなんとも取り止めがない。
他の者もちょっと……いや、相当に辟易していた。
それをみんなが許していたのは、彼のひたむきさと人柄の可愛さであった。


彼は大学を中退している。それがコンプレックスになっていたのだろうか……、大変な読書家であった。そのときどきでブームになった本はもとより、経営、文明論、思想、社会学などなども手当たり次第という感じで読んでいた。
ただ、「人は本を理解できる範囲内でしか読まない」「自分が理解したいように読む」などという言葉があるが、彼の読書はまさにこれであった。


つまり、はっきり言うと壮大な体系とか重厚なファンダメンタルズを持ったこれらのコンテンツを彼は精々のところ3〜4%しか読み取れなかったんだと思う。(よくて…10%)今で言えば、それらの本の「キュレーション」をしてくれるワケだ。ありがたい部分もあるのだが、迷惑の部分の方が遥かに大きい。
というのは、その数%以下の理解では「キュレーション」にはならないので、足らざるを他の本からのもの(やはり3〜4%の理解のものを)とブリッジする。もしくは、自分のオリジナルの考えをミックスさせて説く。
後年は幾多のインテリジェンスを顧問に迎えていたので、彼らの一言半句がさらに挿入されるというテンヤワンヤなのである。


これらの断片たちが散りばめられて(「散らばって」が正しいのだが……)、脈絡がなくなってしまうので、それらをジャンクションさせるのは彼独特の“陰謀論”で糊付けで繋げていく。従って、その不気味にゆがんでバラック造りで倒れそうな建造物は「ゲリマンダー」のように奇怪で怖ろしい。

ゲリマンダーというのは1812年マサチューセッツ知事E.Gerryが自分に有利になるように決めた選挙区画の形が火トカゲ(salamander)に似ていたところからgerry + salamander=gerrymanderという政治用語になった。
因みに、「ウーパールーパー」はメキシコ・サラマンダーの幼態成熟で普通に成熟したら恐ろしげなサラマンダーになる。



※北米の「レッド・サラマンダー」。要するにサンショウウオ


最近では陰謀論に走りやすい精神構造の持ち主を揶揄して“陰謀ポルノ”というが、たしかに彼もややポルノグラフィではあった。
それよりも……。
メタ認知」という言葉がある。つまりは認知を認知すること。 自分の思考や行動そのものを客観的に把握し認識することなどを指す。
司馬遼太郎風に表現すると、「 自分が佇む地平を一旦離れ、翼を得て飛翔し、改めて虚空の彼方から宇宙に接している地平を眺め、そこに存在している自分自身を観る」ということになるのかな……。
だが彼の場合は、短かすぎる翼しか持ち合わせがなく、すぐ落下し、よろよろとそのあたりを這いずり回るだけ。万巻の書を読もうとも、ただただしっちゃかめちゃかの“メタメタ認知” に終止した。


こういう風に書くと故人も草葉の陰で、よくて苦笑、多分激怒していることだろう。
だが、こういう人ってSNSやブログに案外多くてヤレヤレって思うことが少なからずある。
いやいや他人事でもなく、こっそりと我が身の首筋のイヤな汗を拭っている。

(完)