色っぽい夢

 生まれつきということではない。中学の頃から夢に色がつくようになった。当初は明るい原色で、絵の具を溶かし込んだような真っ青な小川に真っ赤な魚が泳ぐ……といったような、まるでデズニー・アニメの世界のようであった。
 人に切られた夢を見たときは、黒澤の『用心棒』のように鮮血が噴水のように吹き出していた。映画は白黒だからいいけど、私の方は総天然色だから凄惨を極める。視界を失うほどに目の前が真っ赤になる。ガーゼと包帯を当てても、あっという間に真っ赤な血が吹出し、したたり、いくら取り替えても間に合わない。その刺客は執拗なヤツで、腹を刺し、胴を薙ぐ。遂には首まで落としにきた。この時は、起きてからさすがに色んなところを点検して異常がないかどうかを確かめた。首が胴に乗っかっていることを手でゆすって確かめることまでした。夢とは思えないほどのリアルさであったから……。

 そのうちに段々“進化”して、微妙な中間色も見るようになった。セピア色とか、鳶色、ベンガラそして利休鼠のようなものまで見られるようになった。このような事は誰にでも当然にあるものだとしばらく思っていた。が、二十二、三歳の頃、セミナーのようなものに出席したとき、「色つきの夢」を見る人は極めて少ないということを知った。30名ほどの参加者のうち手を挙げたのは私ともう一人だけだったから……。他からは疑わしげで好奇な目で見られた。(なんだよお前たち、白黒のビジョンしかないのかよ。確か犬の視覚もモノクロだったぜ……) と密かに憎まれ口を叩く。その講師が「高度な脳活動をしている人が色つきの夢を見る傾向がある」と後追いの説明をしたので、ちょっと気をよくした。

 一説 によるとテレビの時代になってから色つき夢をみる人が増えたということだが、それでも半分以上はいまだに白黒の夢だけをみているという。夢も人生に包含されるとしたら、勿体ないと同情してみる。当方としては熟練の域に入り、今や頬に風を受けるとか、シソの香りやペリエの味なども感じたりすることがある。

(完)