『恨(はん)』

李明博大統領の無頼無双がゆえに、日韓の間の暗くて深い渓谷の底にひっそりと置かれ、風雪に晒されて粉々になっていくのを待っていたはずの「竹島(トクト)問題」も「天皇の戦争責任問題」も「いわゆる慰安婦問題」もゾンビのように全部蘇ってきてしまった。イ大統領が己のレイムダックで落ちた力を甦らせるプレゼンテーションなんだよねというワケシリ顔の解説はモチロンあるだろう。しかし、政治家であるイ大統領がトリッキーショットであるとしても、これを持ちだしてきたのには、やはり“民意”が暗く横たわっているのではないか思案している。それはなんだと問われれば、簡単にいうと“恨み”じゃないのかって……。

日本はアジアのなかでタイと共に珍しく西欧列強の植民地にならずに済んだ国である。その奇跡は知識階級や中産階級の充実などを根拠にする人がいるが、要するに先人たちの不撓不屈の努力と幸運に恵まれたことである。しかし、その僥倖に感謝する暇もなく、列強に割って「植民地政策」に打って出た。
そして日本は1910年に朝鮮を併合し、ソウルに「朝鮮総督府」を置き敗戦の年の1945年まで統治した。つまり、35年間彼の地を「植民地」にしていたのだ。「創氏改名」「日本語教育」などのむごい政策をも推進した。これらに関しても、いやいやこれらの施策は彼らから望まれてやったことなんだという言い方をする人がいる。だが、民族のアイデンティティの根源で自分の姓を強引に変えられて、自分たちの言葉を強奪されて嬉しい民族が世界のどこにいるというのか?“タメにする論”もいいとこだ。「盗人にも一分の理」ということにさえならない。恥を知れ!だ。

朝鮮文化における思考様式の一つで『恨(ハン)』というのがある。自分はこれについて語るほどの深い知識はない。が、彼らにとっての『恨』は、上記したような単なる“恨みつらみ”ではなく、あこがれや悲哀や妄念など様々な複雑な感情が込められているらしい。大中華文明から地続きの朝鮮半島における異民族による侵略、屈服、服従を余儀なくされた酷薄な歴史に根ざしているんだろうなということはうっすらと理解できる。その侵略・被服従にわれわれ日本も35年は関与してしまった加害者なのである。(この辺りの歴史認識はきちんと腰だめとして備えておくべきだと思う。「賢者は歴史に学ぶ」ものなのだ。)

……さらに、朝鮮の独立が民族運動の結果ではなく、日本の敗戦によって達成されたことさえも、彼らの後の世代の『恨』となっていると聞いた。他者に責任を押し付けるのではなく、その咎をひとり己の心に沈殿させるのが『恨』の本質なのかも知れない。

日本語の碩学大野晋さんが、次のように言っている。

「遡って考えてみると、日本という国は、基本的な文明はすべて輸入品に頼って生きてきた国だ。千年マネすることで国家をやってきた」

つまり、弥生時代から始まり、飛鳥時代から明治以前まで、中国もしくは韓国から文化を輸入してやってきた国家なのだ。国家の基盤はすべて中国と韓国から借用して創りあげてきた。(そのことに対しての存分のリスペクトがあるのが当然じゃないのか……。)

司馬遼太郎さんはそれも含めて中国・韓国・日本は地政的なものが変異するから少し様子が異なって見えるだけで、基本的には中華文明に浮かぶ「一衣帯水」であると言い切っている。小異をあげつらうのではなく大同につくべきなのだ。

とにかく、今回のイ大統領の振る舞いはネズミ捕りに捕まってしまったネズミのようにキィーキィーと騒がしい。こちらはそれに合わせて騒ぎ立てることはない。もともとが、“時間稼ぎに次ぐ時間稼ぎ”をやってきた案件だ。好機到来だ。ここいらできちんと“始末をつける”ことだ。次代の人々に負の遺産を残さないためにも……。相互のリスペクトがあれば、課題は解決すると信じたい。

(完)