「ムーンリバー」

1995年の夏だったと思う。ロスアンジェルス・フィルハーモニック交響楽団のディレクターから誘われて、ヘンリー・マンシーニの“誕生日パーティ”に参加したことがある。同伴は妻と娘とボクの友人の4人で。
ヘンリー・マンシーニとは映画音楽で有名になった作曲家で、特に映画『ティファニーで朝食を』でヘップバーンが歌った『ムーン・リバー』はスタンダードとなっている。しかしながら、その彼自身は前年の1994年に逝去しているので、亡くなった後でも誕生日を祝って故人を偲ぼうという粋な趣向なわけだ。

場所はベルエア……まあ、言ってみればベバリーヒルズの奥座敷という位置づけ。豪壮な邸宅ばかりなんだが、「ホテル・ベルエア」が有名かな。一見さんではエントランスもよく解らない鬱蒼とした森のなかにある。土日の“ブランチ(ブレックファースト+ランチ)”にはこの地域の“成功者たち”がプールサイドの席に集まってきて豪華絢爛。

そのベルエアの一角の誰かさんの邸宅を借りて「誕生パーティ」はやるんだそうだ。……このようなパーティを、ホテルのバンケットとかレストランを借りきってやるという形式ももちろんあるのだが、これらは“オシャレじゃない”というランキングになっていて、美術館や博物館の施設を借用してやる方が上位にランクされ、なんとなく最上位のランクはプライベートな邸宅を使ってやるカタチになっているようだ。

この邸宅の広い庭に大きなテント小屋を建て(これだけでも、日本人には仰天動地だ。なんたって、庭に小型のサーカス小屋を設営するんだから……)、そこに30〜40人のバンドを入れ指揮者を入れ歌手を入れ、100人以上の客席もしつらえてある。出席者には一人づつ歌詞カードを渡されてマンシーニの歌を歌わなきゃならないが、ボクは一つも歌えない。バンドの前にいる未亡人には申し訳ない気持ち。

料理はその邸宅のキッチンを使ってサーブするのだが、これがなんとアイランド・キチンも入れればたっぷり3セットもありトータル30畳くらいの広さ。そこへどこかのレストランのシェフが3人出張ってきていて腕を振るっている。

出来たばかりの料理を皿に山盛りにして、書斎つまりライブラリーへ行く。我が高校の図書館なんかより遥かに大きく蔵書の数も凌いでいるようだ。書棚には移動式の梯子がついていて遥か高みにある本はそれによじ登って取ってくることにはなっている。足元には幾つかのテーブルと椅子があるので、そこで談笑しながら料理を頂くわけだ。

ベルエア(美しき大気)の夜も随分更けた。折しも綺麗な月。お開きの前に、皆で『ムーン・リバー』を歌おうと司会者が言っている。

ムーン・リバー、1マイルよりもっと広い河
いつか私は胸をはって、あなたを渡ってみせるわ
私に夢を与えて来たのはあなた
それを破って来たのもあなた
あなたが何処に流れて行こうとも、私はついて行くわ…♬

妻と娘の挟まれて、この歌詞を歌うのも、妙な塩梅……まあ、照れる。

http://www.youtube.com/watch?v=f56CqFmqAJ0

(完)