【ショートエッセイ】「メルローズ・アベニュー」

以前……そう15年くらい前、ロスアンジェルスメルローズ・アベニュー・・・まあ、ちょいとハスに構えたファッションとか、ちょっとひねった雑貨屋なんぞがある街。“ボクたちってファッショナブルでセンスがよく、カッティングエッジでしょ?!”って頑張っている街。まあ、気分とすれば原宿の裏通りかしら……スケール感は違うけど。


その大通りのちょいと裏手のカフェで人と会っていた。気がつけば時間が矢のように飛び去り、通りの路上パーキング場の車に小走りの急ぎ足。ポリスの来る前に、パーキングメーターにコインをいれなきゃ……。

その途中の舗道でいきなり、ダスティ・ホフマンに会った。気がついたときには、すでに3メートル前にいた。

彼が出演した映画の数々を考えれば“セレブリティ”といっていいはずなのに、なんのオーラも発散させずに、そこいらのものをヨレッと羽織ったタダのオジサンという風情。背格好もこっちとほぼ一緒で、これってつまり、アメリカじゃ小柄ってこと。
だからこそかえって、『わらの犬』の夫とか『真夜中のカウボーイ』のビッコの相方、『クレーマー、クレーマー』の男やもめとか『エレファントマン』とすれ違ったような感じがした。

ここはハリウッドから車で5分ほどのところ。いちいちセレブリティに騒ぐのは野暮。やり過ごしてすこし我慢してから、振り返ったら、ダスティは舗道から美容室のあるビルに向かうアプローチに歩を進めようとしているところであった。そしてどういうワケか、彼もふとコチラを振り向いた。瞬間、視線が交差して、アメリカ人の“外交笑い”でニッと微笑んだ。慌てて、こちらもニコッと“微笑み返し”。

ただそれだけのこと。

そして、路上駐車のメーターに25セント玉を一枚入れて、ギリギリとノブを回す。コトン!と音がして、コインは飲み込まれた。さらにもう一枚をギリギリ、コトン!

ただ、それだけのこと。

(完)