【愛しき動物シリーズ①】 「コヨーテ」


その日もいつものE夫妻と1ラウンドを終え、クラブハウスに向かっていた。上手く行かなかった嘆きと、ベットを計算してナチョスとコークと他愛もない会話が待っている。最後の急な坂をカートが悲鳴を上げながらノロノロと登る。その時、前を行くアメリカ人の一行のうちの一人が、

「カイヨーテ!」(coyote!)

と叫んだ。彼が指差す方向を見ると、もう誰もプレイしていない5番ホールのフェアウエイを“フォックストロット”で中型犬のような生き物が横切って6番ホールに向かっていた。そのイヌ科の生き物はリズミカルで軽快な足取りを少しも乱さずにトロットしている。
われわれ8人は夕暮れのちょっと前の斜光が芝生と木々の陰影を濃くしているなかを、その生き物の美しく軽快な躍動の“ギャロップ”を息を呑んで見ていた。ターフに零れている彼の長い影さえも美しかった。

「あれは野良犬でなく、コヨーテなのか?」

とそのアメリカ人に聞くと……

「コヨーテである。尻尾を見たまえ、犬のものではない」

とゆるぎない自信を持って断言する。確かにあんなに太い尻尾の犬は珍しい。
スローモーションに見えたが、実は瞬間だったのかもしれない。その生き物は5番ホールのフェアウエイを渡りきって、近くのブッシュのなかに消えた。



あれは本当に「コヨーテ」であったのだろうか?

「コヨーテ」という呼び名は、皆で遠吠えすることが大好きなこのイヌ科の動物にアメリカン・インディアンのナワトル族が彼らの言語で「歌う犬」と名付けたことによる。そして、この「歌う犬」はインディアンのほとんどの部族にとって「神」でもある。善と悪との二面性を持つイタズラ好きの“トリックスター”としての神である。

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この大きな自然が残っているアメリカでも野生動物が受難の時代であることは変わらない。イエローストーン国立公園の狼は絶滅してしまい、食物連鎖の最上位にいた彼らがいなくなると生態系がいびつに歪んでさまざまな不都合が生じ、カナダから狼を移住させて改めて繁殖させている。
が、この「コヨーテ」だけは人間が進出してからの方が増えているというから面白い。もともとはアメリカ西部で細々と暮らしていたものが、今や北はカナダ、南はメキシコ、東は東部の州まで…つまり北米大陸を席巻して、一説には数百万頭という繁栄ぶりであるという。
彼らは絶滅危惧種アメリカアカオオカミとの交雑もするしイエイヌとの交雑(coydog:コイドッグ)にもたじろぐことがない。“トリックスター”といわれるようにナンデモアリなんだろう。そうして、オオカミの跡目を完全に奪って跳梁跋扈のありさまらしいのだ。

だから、あそこで見たのは確率的に言って限りなく「コヨーテ」である。夕日のなかを優雅なダンスを一瞬だけ見せてくれたあの生き物は、間違いなく確かに「コヨーテ」であったのだろう。

(完)