【愛しき動物シリーズ②】『ブッチ』

LAにいた頃のこと。親しい友人がロットワイラーを飼っていた。ドイツを源とするが、後年ドーベルマンの原種になった大型犬としても有名である。もともとはローマ時代の闘犬であったらしく、ドイツ語では「屠殺人の犬」という物騒な名前がついている。以後は牧羊犬とか警備犬、警察犬・軍用犬にその活躍の場を見出している。体格はがっしりして首も太く、いまだに“殺し屋”の面影は十分な凄味がある。


Butchという愛嬌のある名前のソイツにボクは随分となつかれていた。抱いてやる(……というよりも私が彼にしがみついている感じかな……)と喉をゴォーゴォー鳴らして喜ぶ。「犬好きの人間を犬はすぐに解る」というが、小さい頃ジャーマン・シェパードを飼っていたことが幸いしていたのかも知れない。

あるとき、ゲストで若い女性が来ていたが、もともとが犬嫌いなのだろう、この大型犬にすっかり怯えていた。すると、ブッチはその娘の近くに寄り低い唸り声で彼女を威嚇する。主人が「やめなさい!ブッチ」と静止するとその場はやめるが、またこの“殺し屋”はそのお嬢さんに忍び寄り恐喝する。あの頑丈な顎で噛まれたら、か弱い人間の骨なんかひとたまりもないので、彼女の恐怖もハンパじゃない。その娘は10分ほどでそそくさと退出してしまった。

その友人宅へ訪問するときには、ハーゲンダッツのアイススティックを必ず携えて行った。ブッチの大好物なのだ。本当に美味しそうに時間を掛けて味わってくれる。そして、最後に残ったステックをいつまでもしゃぶり続けているのが常だった。

あるとき、行きつけのマーケットのハーゲンダッツが売り切れていた。しようがないのでよく似た違うブランドのアイススティック(……というより瓜ふたつのもの)を求めて、友人宅を訪問した。
飛び出してきたブッチに早速、
「はい!オミヤだよ」
とそれを差し出したが、ブッチはひと目見て、
「フン!」
と鼻先を反対側にねじ曲げた。後は見向きもしない。そして不貞腐れていかにも不機嫌そうに寝転んでしまった。
「ちょっとだけ食べてみればブッチ。これだって美味しいはずだよ!」
ブッチはジロリとこちらを一瞥してから眼をつぶってしまった。
(黙殺かよ……)

しばらく犬を飼っていないので、こういう事が普通のことなのかどうかは解らない。しかし、これほどのまざまざと犬の“負の感情”を見たことは初めての経験であった。

(完)