【愛しき動物シリーズ③】「アライグマ」
LA市内のハンコック・パークに家があった。その裏口は出るとすぐレンガ敷きのテラスがあり、その先はプール。プール横のアプローチは斜め奥のガレージに続いていた。
野良の子猫に餌を与えていた頃の話。その餌皿はリビング・ルームのフランス扉(足元から天井まで格子のガラスの扉)のすぐのところに置いて、彼ら野良猫三兄弟にそれぞれニックネームをつけ、
「鼻白はまだ食べにこないナー」
「長男は?」
などと家人と会話していた頃のこと。
ある日ふと気がつくと、成猫よりもふたまわりも大きいヤツが餌場にいる。顔はネコというよりはタヌキ顔。チビの三兄弟は遠巻きにしてそいつを珍しそうに見ている。争うワケでもないらしい。
「オーイ、なんか変なのがいるぞ」
とカミさんをを呼ぶ。
「あらら…なんでしょう」
そいつはネコのための乾燥えさを器用に手でつかみ、その両手を交互に口に持っていっている。ガラス戸越しとはいえ50cm位しかないのにそれほど恐れる風もない。
「これ、<アライグマ>じゃないか?」
「そう言えば、ラスカル似ているわね」
そいつは落ち着き払って食事を続けて、ようやく満腹になったらしくスタスタと帰路に着いた。テラスを横切り、プールまで行き、先ほどまで餌を掴んでいた両手をプールの水に浸し、互いの手をこすり合わせて洗い始めた。野良猫三兄弟の長男が“何してんだ”という顔をしてそれを見ている。
「やっぱり、あいつはアライグマだよ。ああしてるサマはなかなか可愛いいね」
「でも、えさを勝手に頂戴して手までプールで洗うなんてケシカラン」
そいつは手が清潔になったことに納得したのか、身を起こし、地面に対して扁平な体をゆすってプール奥の茂みにゆっくりと消えて行った。
それからも彼の訪問を期待していたが、それ以後一度も会えなかった。
それが、彼らラクーンは今では北海道で大繁殖して農作物に甚大な被害を及ぼしている。日本における彼らの領地はすでに本州、四国に拡大しているらしい。人間にとってもアライグマにとっても非常に不幸な遭遇になっている。彼らは殺され続け、農作物被害は増大し続けるという何とも痛ましい“悪の並立”という悲劇だ。
(完)