オ・モ・テ・ナ・シ

 

オリンピック招致のプレゼンテーションで滝川クリステルがキーワードとして「オ・モ・テ・ナ・シ」と言って、なぜか最後に合掌した。西洋人顔のクリステルをなぜ出すのか?という詐欺でも働いているような居心地の悪さ。(日本人の顔をしてフランス語が流暢なのはたくさんいるだろう?)
それに加えて合掌ってなんだ?どこの国の風習?タイ?

西洋人が東洋人をからかったり侮蔑するときに「チュンチャンチョン」と言いながら何度か合掌してヘコヘコと頭を下げる。これを日本国のプレゼンテーションでワザワザわれわれ自らがやることはないんだよ!


それはさておき、「おもてなし」ってなんだろう?漢語表現で普通に「応接」「接遇」っていえば済むことじゃないのか?あのプレゼン以来、A級市民権を獲得したごときの「おもてなし」がウザい。鼻につくし耳に逆らう。

そもそもが「もてなす」の名詞形。つまり、“モノを持って成し遂げる”というのが原義らしい。また、「おもてなし」には“裏表なし”の意も含まれるという。
モノの意味は物品のみならず慮りとか気遣い・心配りやそれを表す言葉も含まれるという。いずれにしたって、心の襞に入り込み、こちらの思いの方向に操作するという概念がむんむんとするではないのか?つまり、「表なし」⇒「裏がある」ってことではないのか?どうしたって、打算や勘定がたっぷりな感じがする。
英語でいうentertainとかhospitalityとどこが異なるのか?(もっと喜ばせるにはsurpriseというものさえ彼らは使う。)

アメリカのちゃんとしたレストランへ行く。客の彼ら・彼女たちにとっては“ハレ”の場だ。ちょっとよそ行きのドレスなぞをお召しになって、ワクワクしている。そこにウエイター(ウエイトレス)がにこやかに登場して、その日の出来事やイベントに触れ、客の心を掴みながら、
「それでは、お手元のメニューに乗っていない本日の特別メニューの説明をさせてください」
それが延々と続く。途中で客からの質問にも答えながら……適宜彼からのリコメンデーションも挿入して行く。このプレゼンテーションがすでにエンターティメントなのだ。
勿論、かれらウエイター、ウエイトレスは食事代金の15%〜20%のチップを獲得する。(稀には、サービスがなってなくて5%しか払わなかったことがボクにもあるが……)大概の場合は店からの固定給はないので、チップだけが彼らの収入のすべてになる。つまり、そのレストランから彼らの俸給が支払われるのではなく、客からの“心付け”で生計を立てている。
だから、彼らにわざわざ「おもてなし」とかハタマタentertainとかhospitalityなんかの能書き垂れなくても、生活掛かっているので水も漏らさないプロフェショナルだ。

それにひきかえ、日本のレストランの惨状はどうしたことだ。紙のメニューに印刷された料理しかなく、それもほとんどがセット・メニュー(つまり、“定食”)だ。試みに料理について質問をしてもほとんど答えられないし、臨機応変も利かず、ウイットに富んだ会話の一つもできない。サービス業なんかじゃない。運搬係に過ぎない。なのに、清算のときには平気の平左で高率のサービス料が付加されてくる。アメリカでこれをやると大喧嘩か暴動になる。サービス料というのは客が査定して書き込むものなのだ。
日本にチップがないことを誇るのではなく、日本でもチップ制を始めるべきだと、ボクは前々から思っている。客のわれわれが上質のサービスを獲得するためにはそれしかない。

とあれ、われわれの文化のなかの「おもてなし」と彼らのホスピタリティとかエンターティメントとの間にある差異は文化とか習俗の違いから誘導されてくるものに過ぎず、日本の「おもてなし」が彼らのものより高度で洗練されているなんて思う事自体が馬鹿げている。


この“もてなし”とか“人蕩らし”で太閤にまで上り詰めた秀吉という人物を我々は歴史のなかに持っている。“今太閤”と言われた田中角栄もいる。確かに彼らは素晴らしい人材かも知れないが、必ずしも日本人の「理想的人物像」でもない。
なのに、サービス職、営業職もしくはそれに近い職種についている人間は、この“もてなし”“気配り”の周辺でこれらの“人蕩らし”のサクセス・ストーリーを上司・先輩から耳たこで聞く羽目になる。
営業職には営業職としての“本懐”の部分がある。「コア・コピタンス」といわれる芯棒である。それにも関わらず、競争力のすべてが“人蕩らし”術とか「おもてなし」法に寄せられて語られるのはいかにも跛行的ではないか?

さらに悪い事に、「おもてなし」というのは“底なし沼”である。ここまででいいという線引きがいつもない。仮に自分の裁量で線引きなんぞすると、「思慮が足りない」「営業センスに欠ける」などと責められ「頭は常に全回転、八方に気を配って一分の隙もあってはならない」などとお叱言を食らう。
すべての人がチップ収入のレストランのウエイターの態度・物腰でいいわけがない。だが今やそうじゃない業種の者にも、常態的にというか同調圧力的に“サービス残業(給料以上の使役の要求)”を強いることになっている。どんどんと“ブラック企業”への一本道なんだよ。

われわれは力強くて素早いシリンダーとピストンが欲しいのだ。それらを円滑に動かすために潤滑油が必要なだけだ。最高の純度と粘度の潤滑油を追い求めたところで、シリンダーとピストンが旧弊でガタの来ているものならどうしたって救えない。何の意味もない。
本と末とを転倒してはならない。

(完)