怪鳥コンコルド

“怪鳥”と呼ばれた「コンコルド」でニューヨークからパリまで飛んだ事がある。1980年頃だったかな。
某広告主が是非乗りたいということで、同行した。

ニューヨークのJFK空港のエールフランスの待合室でおしゃれなアペタイザーなどを食していると、フライト・アテンダントがひとりひとりの名前を呼びに来て座席まで案内してくれる。
そうなんだ……。この「コンコルド」の座席数は100席しかなく、全てがファースト・クラスということになる。(お値段はファースト・クラスを遥かに越えていた。)
機体も座席もはっきり言って狭い。片側2列の座席……座席もエコノミーCクラス。座ると言っても、ジェットコースターで勾配を登って行くときほどに傾斜している。安全設計上、ほんの小さくなっている窓から地上の風景を見ると、地面が逆の勾配で傾いている。

午後一時。いよいよ離陸。普通のジェット機でもイグゾースト・ノイズは機械音がするものだが、こいつは一段と甲高い金属音だ。
高度55,000フィートというから、普通の旅客機の高度の2倍。その高みに向かって怪鳥は一気に飛んでゆく。水平飛行に移ったのかなと思ったとき、乗客からの口々のオー!というざわめきに目を上げると、正面に「マッハ計」があり、その電光数字が忙しなく動いていて、丁度「マッハ1」を越えた時だった。
“音速かよ……”。
ここからは“音の壁”で加速はなかなかつかないらしい。でも、最終的には「マッハ2」ちょっとまで行き、乗客達は拍手をしていた。窓から見る風景は、雲がすごく下の方に見える。つまり“成層圏”のまっただ中。

……と、思う間もなく「コンコルド」は下降体勢に入る。普通のジェット旅客機だと8時間のフライトなのだが、コイツは3時間半。パリのシャルルドゴール空港は時差の関係まだ朝方の10時半。ビジネスマンはこれから2〜3つの仕事は軽くできる寸法だ。

なんだろう……。なんだか“NYから天空を目指してまっすぐ飛翔し、降り立ったらパリだった”という感じだろうか。


イギリスとフランスが共同(concord)して一兆円も投下して開発して、20機を生産した。しかし、環境問題や墜落事故、そして9・11テロの影響で廃止・撤退の憂き目になった。1969年から2000年までの31年間の短い生涯であった。

そんなことで言えば、もう二度と経験ができない希有な経験をしたとは言える。
同行した広告主にいたっては、前の夜は興奮して寝られなかったらしい。音速を越えて飛ぶという経験に。
彼には音速で飛ぶ戦闘機への搭乗を次回の案として薦めておこう。


生物学に「定向進化」という専門用語がある。つまりは「サーベル・タイガー」のサーベル=剣歯のように一旦伸びることを始めたら、止める事も後退することもなく、その一定の方向に進むことをいう。サーベル・タイガーはその剣歯が伸びに伸びて、遂には己の体を刺し貫いて絶滅したという。

テクノロジィーもこの「定向進化」になりがちだと思う。「コンコルド」はそのサンプルのような気がする。

最近、JR東海リニア新幹線が実験線で500キkmを越えて、国産のYS11の巡航速度より速いと胸を張っているけど、これもその匂いがする。
新幹線が飛行機の速さを求める事が必要なのだろうか?

(完)