大晦日の映画館

大学三年のときだった。郷里への汽車の切符が取れないとか、その他にもなにやかやとすべてのタイミングがずれて帰郷を止めた。不貞腐れ半分に……。
その大晦日。新年の雑煮は遠縁の家で相伴させて貰うことにしたが、それまでたっぷり時間はある。そして……ふらふらと馴染みの新宿に出たが、人はみな用ありげな急ぎ足。 “取りつく島”で、映画館へ。さすがに観客はまばらで、ぽつぽつと4人とか5人。みんな寄る辺のない、心の冷えて凍えた人ばかり。

小林秀雄が……
「世捨て人というのは彼が世を捨てたのではない。世が彼を捨てたのだ」
と相変わらずの怜悧な刃物のような言葉を吐いている。そう……そこには世が捨てた人ばかりだった。
今となっては、どんな映画であったかも忘れている。この暗闇のなかでは、惰性でスクリーンに目をやるか、寝るしかのどちらかしかない。

足首のあたりを誰かが触る。目を凝らして足元あたりをみると、猫ほどもある巨大な鼠が、いったりきたり。そいつが与太者みたいに、すれ違いざま、肩をぶつけていくらしい。
もっと目が慣れてくると、そいつだけではない。同類のならず者たちも大勢いて、座席の下で「出入り」なのか「殴り込み」なのか……をやっているらしい。
人の数よりも、ネズミの数の方が確実に多い。
なんのことはない。ネズミのシマ(縄張り)のなかで、 見たいわけでもない映画を見ている。
ただ時間を殺すために。 ……殺した後のアテもない。


ふいに涙が溢れた。


そのこと自体に自分で狼狽した。
ぬぐおうとしない涙がタートルネックを濡らしていた。

(完)