聖なる踊り子

「牛に連れられて善光寺詣」の如く、渋谷のCafe Boemiaへ出向いている。
 ベリーダンスを見に行こうと歩いている。ベリーダンス?うむ。エジプト…中東…ジプシー(ロマ)…マタ・ハリ…官能と倦怠…というちょっと怪しげな連想のみが湧いてくる。
確かバルセロナだかで一度は観ているはずなのだが。
牛では決してない若くてハンサムな弁護士とともに歩いている。彼の女友達がやはり弁護士なのだが、これがまた聡明な上に綺麗で可愛い人。その彼女がベリーダンスを踊るというので、それが“撒き餌“になって、「東急ハンズ」の奥手の路地を歩いている。その路地の奥に店はあった。ダンス・スタジオとかホールを思っていたのだが、案に反して広めのカフェ。その通路で踊るらしいのだ。お代は飯代だけ。そうなのか……。
前後左右をよく心得えずに来てしまったが、FOX-TVの『アーリー・My Love』に出てきそうなその女性弁護士のお師匠さんが中村インディアという人で、ま、いわば「インディア一座」のパフォーマンスってことらしい。

「じゃ、千円札なんか挟んじゃっていいの?」
「そういうことをするところじゃないので、おやめください」

とそのハンサム弁護士。
……「前後左右不案内」と言ったが、左隣は真矢みきを若くしたような美人と相席だ。左はとても充実している。神様に丁寧に案内されている。
20時30分からパフォーマンスが始まる。まず中村インディアのソロのダンスから口開け。


……彼女の踊りにずっと釘付けになってしまった。
日本人としてさえ小柄な方だろう。だが、そのしなやかでバランスのとれた肢体が不思議な運動率で全身の部位が動いている。止まっているところは一つもない。波動というべきか?
天分と鍛錬がここまで昇華させたのかなって思う。その上、セクシーといえばこれ以上ないような表情にも心奪われる。

何れにしても、人は自分の得意分野をやっていたり演じている時が最高に美しい表情になる。ハレルヤ!だ。
「女とは精製された不純物にほかならない」というアイロニックな言葉があるが(そうして、このにこごりは男の大好物だったりする、そしてときには身を滅ぼす)、インディアはそれを酒精分にまで純化させ、そしてそれが馥郁たる芳香を放つ。
  
人類・医学・植物・心理・物理・動物・海洋生物これら全てに学位を持ち動物行動学で博士号を持つライアル・ワトソンの著作に『未知の贈り物』というのがある。物語と科学的考察を見事に融合させた不思議な読み物である。
インドネシアの小さな島にたどり着き、少女ティアに出会う。その不思議な島で、暮らすうちにライアル・ワトソンは、マクロであり、同時に、ミクロでもある量子力学やあらゆる分子が波動という動きを続けると言うことなどがその古い小島の政(まつりごと)の中に脈を打っている事に、愕然とする。ティアは“聖なる踊り子“でもあった。彼女が踊ることにより、人間を消し去ったり、火事を起こす力を持っている。

(↑これはCafe Boemiaのものではありませんが……)

そのテイアとインディアとをダブらせながら彼女の踊りに心も感受性もこそげて持って行かれていた。視線を外すことなくずっと見ていた。観ていた。

彼女は幼い時から、踊ることが好きでクラシックバレーで英国にまで留学している。22歳の時にたまたま訪れたトルコ国境の村で、形式美のクラシック・バレーとはまったく異なるフリースタイルの踊り(チフテテリ?)に遭遇して心が震えたらしい。それからこの踊りに没入していったという。

講談社主催のミスiD1214(新しい時代にふさわしいまだ見たこともない女の子の発掘……)オーディションに出場して特別賞をもらったのだが、その時の審査員のコメントがステキだ。

「時代が違えば一国の運命を狂わす踊り子」(竹中 夏海:振付師・女優)
「彼女ならダンスで王国を滅ぼすことも、作ることも出来る」(山崎 まどか:コラムニスト、ライター、翻訳家)

私がインディアのファンになったとしても、彼女には何のメリットもないが、当分ファンでいよう……と考え考え渋谷駅に向かう。雨はもうすっかり上がっていた。

(完)