Happy Halloween !
10月31日はハロウイン。アメリカの子どもたちがクリスマスと同じくらいにワクワクする日だ。
小学3年の息子はガイコツの衣装、小1の娘は魔女のコスチュームで仮装して夜の住宅街に喜び勇んで出て行く。1976年はバージニア州。
「trick or treat!」と近所の家を子供グループで徘徊する。
(ご馳走しなきゃイタズラするぞ〜)と脅して回るわけだ。
家主はイタズラされちゃ困るから、「Happy Halloween!」と言って
キャンディやチョコレートの施しをして、オメコボシを願うわけだ。
普段は禁じられている夜の街を友だちとグループで、見知らぬ家々の戸口で、大声を張り上げる。するとにこやかな笑顔の家主が現れて、ひとつかみのキャンディやらチョコを貰える。一回りもすると紙のショッピングバッグに戦利品が山盛りいっぱいになる。
子供たちにとって、これ以上楽しい出来事なんぞそうそうはない。
“脅され”ている大人も“はい、はい!”となんだか嬉しそうだ。なんとも微笑まし社会的合意システムだなあと感心したものだ。
多種民族国家のアメリカなので、州とかカウンティではルーツたる民族の習慣や宗教を持ち込んでの祝祭日はあるのだろうが、全国規模での“異民族”の祝祭日としては「聖パトリック・ディ」(アイルランド人)とこの「ハロウイン」(アイリッシュを含めたケルト人)くらいしいかない。
ケルト人はもともとが中央アジアから移動してヨーロッパ全域に展開した民族らしい。古代ローマ時代にはガリア人とかゴール人とも称されたが、ヨーロッパ大陸のケルト人はゲルマン人などの他民族に吸い込まれていく。
グレート・ブリテン島のイングランドとウエールズではローマ人の支配からの交代が行われて、ゲルマンのアングロ族、サクソン族、ジュート族が雪崩れて侵入してきた。
ウエールズはアングロの征服は完全には及ばず、スコットランド、アイルランドではローマの支配さえも受けなかった。scotchには「頑固」という暗喩が、irishには「癇癪持ち」という意味合いがあるのだが、この諸島のケルト人は不撓不屈でよく頑張った。
英王室の皇太子が必ずプリンスオブウエールズ(ウエールズ大公)になるのも、ケルトの国ウエールズへの慰撫政策だと言ってもいい。
(ケルト人のブリトン族はもともとグレート・ブリテン島に分布していたが、ゲルマン人に追われて現・フランスの「ブルターニュ」に漂着した。グレート・ブリテン島もしくはBritishの名の起こり。)
大陸の歴史を紐解くとこんがらがって眼が回る。小さなブリテン諸島だけでもくんずほぐれつの有様。USAが多種民族国家だけじゃなく、UK(「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」)も十分に多種民族国家なのだ。
話しは少しく横道に逸れた。
ケルトを起源とする「ハロウイーン」である。
もともとがケルトの収穫感謝祭がカトリックに取り入れられて(アイルランドはローマン・カソリック)、「万聖節」(11月1日)となり、先祖の霊を祀るという日本のお盆のような日になったとのこと。そのイブがハロウイーンということになる。
ケルトの宗教ドルイディズム(祭祀が「ドルイド」と呼ばれる)はどこか日本の神道に似ている気がする。経文は持たない。自然の何かを神にしてゆく。つまり、ア二ミニズム(精霊崇拝)とシャーマニズムの色彩が濃い。
遠くアメリカまで渡ってきてまで、「ハロウイーン」はアニミズムの黒いマントを纏ったままだ。先祖の霊のみならず妖精や精霊、不気味で怖ろしいもの時には「死」そのものや、不死の怪物、黒魔術、伝承の怪物などが含まれてくる。仮装も幽霊、魔女、コウモリ、黒猫、魔物、ゾンビなどの登場だもの。
これらの人知を越えた禍々しさとかおどろおどろしさが子供たちの心をドキドキさせるのかなって思っている。
1994年10月中旬。カリフォルニア州はロスアンジェルス。町中のショッピングセンターで大ぶりの黄色いかぼちゃが売り出されてくる。ハロウイーン用の「ジャック・オー・ランタン」を作る素材になる。
ハロウイーンの本家のアイルランドあたりではかぶをくり抜いて使っていたが、アメリカに渡来してからはかぼちゃになったようだ。昔、性悪でへそ曲がりのウイルという鍛冶屋が地獄を彷徨ったときに使ったランターンをモデルにしているが、いつの頃か「ジャックのランターン(鬼火)」になった。これがお店のウインドウに、オフイスビルにデスプレイされるのだが、夜の家々の出窓からかぼちゃの悪魔の顔が赤く輝くのを見ると、民話の世界に“先祖還り”させられる気分にはなる。
31日。スーパマーケットで大量の御菓子、キャンディ、チョコレートは仕込んで、魔物がでる夜を待つ。
玄関ドアのノッカーのコツコツという音とともに、
「trick or treat!!!」
(来た来た・・・)と玄関に出る。可愛い悪魔や魔物や化け物たち。
「Happy Halloween!」と菓子を配る。
「Thank you!」
施しの戦利品を貰って戻る子供たちの向こうにミニバンが停まっていて、何人かの親たちが小悪魔たちを待っている。
(なんだよなんだよ、組織でやっているのかよ……)
そうなんだ。20年のうちに世の中も変わった。ヤな渡世になった。
ハロウインで訪ねていった子供がそのまま誘拐されたり、逆に、ワルガキの少年たちが、
「trick or....」とtreatの言葉を呑み込んだまま、家の中を引っかき回して、スプレーのペイントを好き勝手に吹きつけ…大暴れするという事件が結構頻発しはじめたということ。
子供たちだけでキャンディ托鉢をやらせておけなくなった。
玄関灯も消し、家の電気も最小限にして薄暗くする。
これが御菓子類もすっかり底をついたので、今年は閉店ですよという合図。
まだ遠くで「trick or treat!」の声が聞こえている。
(完)