ストレッチ・クラブ

わがパートナーはストレッチ・クラブに通い続けて10年にはなる。「継続は力なり」と尊敬のマナコで見てきた。それが、・・・イヤな予感はあったのだが…遂にこちらに矛先が向かってきた。

そのきっかけは4年ほど前の人間ドック。まあ、一日全コース完了の簡単なもの。
最後に医者とのインタービューがプログラムされている。
彼の前には、ボクの細かなデータが用意されている。何ヶ所かに、*印が記されているのが見える。“要注意のところがある”ってことだな、とタカを括っていた。

医者は注意深くデータを読んでから、いやにゆっくりと顔をあげ、きっぱりと・・・

「肥満です」

肥満!?この人生なかで、ボクが「肥満」と表現される日がくるということを、一度として夢想したことはなかった。意表を衝かれて、立ち往生してしまった。

「・・・・・・」
「なにか、してますか?」
「ハイ、多少はウォーキングをしていますが・・・」
「あ、アレはダメです。1キロ落とすには、100キロ歩かないと効果でません。普通はそんなに歩けません」
「・・・・・・」
「食べるものを減らすことです。これしかありません。3分の1を減らしてください」
「・・・腹八分目でなくて、腹六分ですか?」

・・・と弱々しくではあるが抵抗を試みる。

「いいですか、お腹いっぱいに食べてきた動物はみんな死滅したり絶滅してきたんですよ。少なく食べて、大いにアクティブに活動できる動物だけが、この地球上で生き残ってきたんです。……分かりますね」

(こらワカゾー!おマエにそこまで言われたくないよ。オレは絶滅しかけている動物かァ?)

でもまあ、医者と弁護士には逆らえない。ここは渋々ながら、軍旗を降ろそうか。
その顛末をパートナーに笑い話としてエンターティンをした。それがよくなかった。

「あなたもジムに行きなさい!!」

という厳しい攻撃が始まってしまった。

「そんなデブと結婚した覚えはないのよ」
「デブという範疇に入らんだろうよ。誰もそうは思っていないよ・・・・・・」
「そう思っていないのはあなただけよ。な〜に、そのウエストは?」
「そうかな・・・・・・」

そんな会話が幾度も繰り返されての3年間。ナンダカンダとタタラを踏んで持ちこたえたが、遂に昨年の夏に陥落してしまった。首根っこを持ってズルズル引きずられるようにして、ストレッチ・クラブに連れていかれて、入会させられた。

今年の夏は酷暑という表現がぴったりのものだったが、去年の夏も十分に暑かった。そのギラギラした亜熱帯の日差しのなかを、リックにバスタオル、タオル、トレーニングウエア、着替え、シューズ、水などを詰め込み、線路と平行している道を歩いて10分の隣駅へと向かう。

“この世で何番目かに嫌いな<体操>をしに行くのかオレは…”と呪いながらしおしおと歩いて行く。しかし、途中の横断歩道で信号を待つ間に切り替えた。“小綺麗なヤングミセスとか美熟女が待っているかも知れんじゃないか”というポジティブ思考にスイッチした。心なしか足取りも軽くなった。

かのスペースはとても不思議な空間であった。
多分、他の施設もそうであろうが、トレーニング・マシーン、スイミング・プール、さまざまなプログラム・・・エアロとかヨガ、ズンバなどなど・・・をやるスタジオがあり、ゴルフ練習場と岩盤浴などもあり、もちろんシャワールームがある。
何と言えばいいのか……。ターミナル駅のようなものか……。
老若男女の年齢を問わず、性別を問わず、言葉も交わさずにそれぞれの目的地に向かってひたすら通り過ぎていくだけ。
とりわけボクの場合、時間の指定を受けるのが好きじゃないので、プログラムには参加せずに、好きな時に行きトレーニングだけをこなしてオサラバする。だからひとしお、その感は強い。

小綺麗なヤングミセスや美熟女も待ってはいなかった。それらにジャンルされる人たちは、この世の比率と同様に多くはない。むしろ、“そうなる前になんとか手を打てなかったのかァ”と言いたくなる残念なプロポーションの方が多いワケだ。
いずれにしたって、みんな各人が忙しく自分のノルマを黙々とこなしているだけ。ここではオシャベリは邪魔なだけなのだ。

仔細に見れば、マシーン・トレーニングのなかでも、ランニング・マシーンや自転車漕ぎで大汗を流す派と重いバーベルで筋肉を痙攣させながら持ち上げる派とマシーンの負荷により筋肉をstretchさせる派の3派に分かれる。ボクは3番目。腹筋とか背筋とか脚の筋肉への緊張とか引き伸ばしの負荷を掛けることをムッツリというか嫌々というか、やっている。

ある限度を超えた負荷を掛けると、ミクロ単位の筋繊維はブツン!と断裂するらしい。原生動物のような筋繊維は“これは大変”と自らを修復するのだが、その時に従前よりもやや頑丈につなぎ直すらしいのだ。その所要時間が48時間くらい。“肉体美”のボディビルダーたちはこのローテーションでトレーニングをし、結果として筋肉を太くさせていく。
だから、彼らはいつでも日常的に筋肉痛なんだという。それを聞いてからというもの、彼ら“筋肉のオバケ”の二の腕あたりを人差し指をギュッと押し込み“イテテ…”という悲鳴を聞いてみたいという誘惑にずっと駆られている。

クラブの若い係員と話している。

「バーベル派ってみんなゲイなの?」
アメリカで社員の一人がもろゲイで筋トレを欠かさない肉体派だった……)

「いや、それは解りませんが、とにかく自分のことが大好きで堪らない人たちだってことは言えますよネ」
(ほらほら、当たるとも遠からず……)

通い始めた頃、“体育会系コピーライター”というパラドックスな称され方をしていた岡康道さんに話しをしたら、自分自身がここ5年以上ジムに通い続け体をすっかりシェプアップさせていることもあり、

「いいことです。最低でも週2回は行ってください」

とキリリ!と言われた。

・・・・・・にも拘わらず、最近は週に1回いくのがやっとこすっとこ。
そんなだから、一向に体重も減らず、ウエスト廻りのラードも取れない。
成果の出ない努力はマコトにやるせない。

屠所につながれに行く馬のようにトボトボとジムへ行く。
背中には晩秋の寂しい風……。

  うしろ姿のしぐれていくか (山頭火

(完)