朝日のあたる家


人は色んなことを勘違いや思い違いをしながら生きている。
真実が解ったときに、酷く驚愕したり狼狽をする。

その類のつい最近の事例。

イギリスの「アニマルズ」の『HOUSE OF THE RISING SUN』という歌があり、日本では「ダニー飯田パラダイスキング」というバンドが『朝日のあたる家』という邦題で歌っていた。

♪朝日のあたる家がある
 街で一番の古い家なのさ
 やさしい顔でおふくろが
 俺を育ててくれた家なのさ♪


とまあ、ハウジング・メーカーのCMソングのような歌だった。
だから、自分が家を建てるときにも、脳裏でいつもこの歌が流れていたのね。
“やさしい朝日のあたるような家を造るんだぞ”って。

それが、uWallというアプリがあり、そこでたまたま「ちあきなおみ」をクリックしているうちに『朝日楼』〜朝日のあたる家〜というのが出てきて、<アメリカ民謡:浅川マキ>というクレジットも見えたワケ。はて?がここから始まった。
Animalsが歌ったんだからイギリスの歌じゃなかったの?

浅川マキの歌をちあきなおみがカバーしていて、これは息を呑んで聞き惚れるほどにうまい。この人は目的以外の無駄な音は一切出さないで、余計なブレス音も全くない。でもその中にアソビはちゃんとやっている。やはり何十年に一度の名人なのねって今更のように思う。

浅川マキによるという訳詞よれば、“貧しさ故に売春婦に身を堕とした女が、妹に私のようになるんじゃないよ”と歌っている。で、HOUSE OF THE RISING SUNというのはニューオーリンズの娼館の名前らしいのだ。エッ!

一時期ボブ・ディランもこの歌を持ち歌にしていた。
(すごくブルースで歌っている…)

There is a house down in New Orleans
They call the risin sun.
Its been the ruin of many a poor girl
And me, oh God, I'm one.
My mother was a tailor
She sewed these new blue jeans
My sweetheart was a gambler
Down in New Orleans.

(略)

しかし、その後「アニマルズ」の方がヒットしてしまったので、歌わなくなったらしい。その「アニマルズ」のものは「少女」が「少年」に変えてある。それに伴い、HOUSE OF THE RISING SUNは「孤児院」か「施設」のようなものになっている。“そのゴミ溜のようなところで育った少年が、長じて他の町で犯罪を犯し、再びニューオーリンズの「刑務所」(これかも知れない…)に戻る”というような内容だ。

別名を“THE RISING SUN BLUES”というくらいなので、blue(憂鬱)な気分という意味から出たと言われるBluesだから暗いのも当たり前。

ゴスペルのマヘリア・ジャクソンが、

「ブルースは絶望の歌だが、ゴスペルは希望の歌だ」

って言っているが、いずれにしたって無理矢理アフリカから拉致されて異境の地で奴隷をやっていく憂鬱とか怒りとかをなだめるための歌だから、補助線を引けば同じところで線は交わる。「アニマルズ」がロックにしてシャウトしても、やはり絶望的な歌には変わりない。

ニューオリンズ。名前からしてフランスのオレルアン公からきているし、ルイジア州はルイ14世に因んでいるので、ここはかつては仏領であった。(後年、アメリカがフランスから買収した。)
このニューオーリンズへジャズ・フリークのオジさんと行ったことがある。「プレザベーション・ホール」というニューオーリンズ・ジャズ(デキシーランド・ジャズでもいい)の発祥のライブ・ハウスがあるのだ。とはいってもほんとに粗末なもので、「メッカ」「殿堂」という言葉とはまったくウラハラ。観客のボクのほんの1メートル先くらいの同じ平面の木の床でトランペットとかアコースティックなベースをやっているわけだよ。

ここはニューオーリンズの最大の繁華街という「フレンチ・クオーター」のなかにある。さらにその中心はバーボン・ストリート。さすがにアメリカを代表するウイスキーの名前かァなどと思っていると、あにはからんや、これが名家・ブルボン家から来ているといううんだ。

そんなことはどうでもよく、新宿歌舞伎町のような猥雑でいかがわしい一帯にジャズのライブハウス、ストリップ小屋などがごちゃごちゃとあり、街の角々には大勢の売春婦、そしてレストランがひしめいている。
ここの料理は「クレオール」(白人とどこかの混血のような意味)とか「ケイジャン」(カナダ来たフランス系アカディア人からの変化したことば)と呼ばれるが、こちらはさっぱり区別がつかない。「ケイジャン」の方が黒人料理の趣が強いかなと思うが…。
とにかく、評価の高くないアメリカ料理のなかでは抜群においしいのだ。不思議だよね、フランス人の血が一滴でも入れば、料理が格段においしくなるのって。

ニューオーリンズは大河ミシシピーが作り上げた巨大なデルタの河口近くに位置している。このデルタの奥まった農村部から発生してきたのが「デルタ・ブルース」。ジャズとかロックンロールとか…黒人音楽の源泉になったものだ。もともとは「フィールド・ハラー」と呼ばれる労働歌だったのが次のステージに登って行くわけだ。ミシシピー河沿いの北上し、メンフィスではエルビス・プレスリーと歴史的な遭遇をし、ロカビリーを生み、ロックにまで繋がっていく。ブルースはさらにミズーリ州では「セントルイス・ブルース」を作り、飛んでシカゴでは「シカゴ・ブルース」も作る。

とにかく、現代アメリカ音楽のルーツがこのデルタ一帯なんだと言っても過言じゃないらしいのだ。音楽の三角州地帯。

永年我が家のイメージソングにしていた『朝日のあたる家』…・・・
ニューオーリンズに実在していた娼館であった。その記録が出てきたらしい。
バーボン・ストリートから遠くないところに相当に大きな構えで存在していたという。その女主人の名が仏名=マリアンヌ・ル・ソレイユ・ラバーンといい、「ソレイユ」=le soleil=太陽 から"HOUSE OF THE RISING SUN"と呼ばれるようになったというのだ。

悔しいが、説得力はある。

(完)