ホテル・カリフォルニア

東京には3月5日にあのEaglesがやって来た。その6日後にはあの大震災。で、“Hotel Califonia”のことをずっと書きそびれていた。いや、意気阻喪していたという方が正しい。

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 1976年はワシントンDCの大学に通い、ポトマック河を越えてすぐのバージニア州に住んでいた。国防総省のすぐ近く。妻子3人を連れての異国での生活は、朝から晩まで……寝るまで奮闘と格闘の連続であった。自分たちの生活をつつがなく安定させること、極めてタフなMBAコースの授業になんとか追いついていくこと、小1と小3の子供たちの学校のことなどなど……急に落下傘で下り立った新米兵士の足元が大きな沼地で、そこが毒蛇もいれば、ワニもいる、厄介なマラリア蚊もいるという思いがした。まあ、それだけではなくきれいに香り高く咲く花もあれば、息を呑むような見たこともない風景が拡がるとか、可愛らしい動物の姿を見かけるというすばらしい経験もするのではあるけれど……。
 とにかく、自分の人生であれほど“全知全能”を傾けて毎日を過ごしたこともなかった。
季節はいつのまにか秋も過ぎ、青森県と同じくらいの緯度のここでは年の暮れからは毎日のように雪が降る。車の運転は危険なのでバスにしたが、乗り換えのバスストップでポトマック颪に体の芯までガチガチに凍えた。
 その頃だったと思う。Eagles の“Hotel Califonia”を聞いたのは。掟破りのような長い曲だなぁということと、ギターが随分と華やかだなぁということと、歌詞がさっぱりよく解らないの3点だったが、哀愁が漂ってはいるがそこここに匂う西海岸の香りに惹きつけられた。シバれた心がカリフォルニアのサンシャインに恋い焦がれていたのだろう。

 アメリカ人の学生にも歌詞の意味解釈を聞いて見たが、彼らでさえよく解らないらしい。言葉を二重三重に意味をダブらせて使っているし、寓意に満ちたものに仕上げているらしいからだという。

 華麗なギタープレイで語っている「ストーリー」は次のようなものだ。
 男がサボテンの花が香る西海岸の砂漠のドライブに疲れて、立ち寄ったちょっとおしゃれなホテルに何日か泊まった。なかなか快適ではあったが、ずるずると快楽主義的に過ごす滞在客たちにもそろそろ嫌気して、自分の日常に戻るためホテルをチェックアウトしようとしたが、もうここからは逃れられないんだよと言われてしまう。一度踏み込んだら二度と抜け出せない迷宮であった。……とまあ、『グリム童話』のように怖い。

 ポイントをいくつか。

・礼拝の鐘ってなんだ?ホテルにそんなもの普通はない。やはりタダ者ではない。
・このホテルの女主人:「彼女の心はティファニーのねじれ、彼女はメルセデスの曲線を持っている」だってさ。つまり一筋縄ではいかんということ。
・「思い出す」「忘れる」という過去に囚われている人々のコロニー(女王が支配する蜂か蟻のソレ)のようだ。
・その女が「所詮ここにいるのは囚人で、自分の意思でそうしているのだ」と言う。そして「野獣を殺せない。……自分たちの過去の意識を殺せない」と。つまり、憎悪や競争がある現実社会に戻る勇気を失っていると。
・でも、ここを出たいと思っても二度と離れることは出来ないと言われる。この現状を受け入れるように(programmed to receive)プログラミングされているんだからと言い渡される。(※直後に続くツイン・ギターによるフェイドアウト効果により、深い余韻を残す仕掛けになっているらしい。)

 ボクが辛うじて理解した範囲でも、なんだかもの凄い。他にもさまざまなキーワードとか寓意が隠されていて意味解釈には百家争鳴の態。この歌詞の内容を知るにつけ、日本のロックってオコチャマだと思った。これを歌で成立させているワケ?と目を剥いた。


https://www.youtube.com/watch?v=8UAlD8SI-6U
(1977年当時のライブのもの)

 それから18年後には、カリフォルニアはロスアンジェルスにいた。"Hotel California"のジャケットに使われたBeverly Hills Hotelサンセット大通りが高級住宅街ベバリーヒルズに差し掛かるあたりある。ショッキング・ピンクの色合いが連れ込みホテルのように目立つ。“ちょっとイメージ違ってなくない?”とは思ったが、マリリン・モンローとJFケネディの逢い引きに使われたという話しを聞いてすとん!と納得はした。


 それはそれとして、街中を走っているときでも、パームスプリングやラスベガスに行く途中の果てしない砂漠を走るとき、パーム・ビーチやサンディエゴへの海岸近くの砂っぽいハイウエイを走るときなどに、この"Welcome to the Hotel California, such a lovely place..."がいつも耳の奥で鳴り続けていた。

 歌詞にある怪しげなイメージがあり、イーグルスの連中がインスピレーションを得たのはバハカリフォルニア(メキシコ)のトドスサントスにある”Hotel California”であったという人もいる。今となってはもうどうでもいいことだが……。


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 ちょっと面白いのは「ホテルカリフォルニア問題:The Hotel California Factor」というのがあるということだ。ウィンドウズOSからマックOS環境へは手持ちのデータを比較的簡単に移行できるように設計されているが、そのマックから再びウィンドウズ環境に再移行したくなっても、データ全体をウィンドウズ環境に戻すことは非常に煩雑で困難を極める。このことを「一度入ったら二度と抜け出せない」という隠喩で「ホテルカリフォニア問題」というらしい。
この事をEaglesの連中は知っているのかな?
モチロン、スティーブン・ジョブスは知っているだろうけど。

(完)