液状化現象

Facebookってやはり怖いデバイスだと思う。とにかく、発信している人の“正体”“性格”“IQ”とか“値打ち”などをどんどん白日の元に晒していってしまう。多分FBが採っている「実名制」ということが一層この傾向にドライブを掛けているのと思う。発信者がFBに対しての警戒感と見栄のミックスで、オノレをよく見せようとどれほど高い値札を貼り、カバーラップしても全く何の効果はない。“しのぶれど色に出にけりわが恋は”のように天然自然に“地金”が露出してくる。メッキは剥げるものなのだ。
FBって枝葉を省いて言えば、「拡張リアル」=“リアルな人間関係をさらにダイナミズムを持たせたもの”というところに落ち着いてきているように見える。だとすれば、リアルの世界の「自分のことはよく解らないが、他人のことはよく見える」という定理はここでも踏襲されて持ち込まれているように見える。
リアルの世界で500人とか1000人の“友達”を持つということは特殊な職業の人達のはずだが、FBの世界ではそう珍しくもない。(特に日本では……)それが“観察者”からすれば、友達を持っていればいるほどリトマス試験紙の数が増えることだから、好都合である。

もちろん、この透き通って見えている感というのは、じっと焦点を定めた「定点観測」を続け、散乱している雑多な情報を“ハイパー編集”して心理さえも伴ったファクトをあぶり出してくる見巧者(みごうしゃ)としての能力が高い観察者がなきゃ成立しないのだが……。いずれにしたって、昔から「目明き千人、盲千人」という(…今では危うい…)言葉がある。つまり、確率的にはすでに50%の人々には透けて解られているということなんだよ。

このことと濃密に関連するのが、いわゆる「液状化現象」である。「液状化現象」とは地震に際して地下水の水位の高い砂地盤が液状化して吹き出てきたり、地盤が支持力を失ったり、不同沈下を起こし比重の高い建物は倒壊したりもする。東日本大震災においても深刻な被害をもたらした。

実用書とか啓発書・啓蒙書の類を出版する人がいる。それらの人って、多くの場合ブログやメルマガ、そしてFacebook(ポータルとしても使われている)を管理していることが多い。これらのツールを使って集客を事前に行い、事後もやる。まあ簡単にいえば「信者」の囲い込みである。「信者」を横に圧縮すると「儲け」になるという実現化・具現化である。

 彼らはせっせとポストをする。オルグの手段だからだ。そこでの論は深〜い洞察に基づくもののような装いにしていることが多い。無辜もしくは愚鈍な信者たちは「さすがです!」とか「いいね!」で大量の賛意を評してくる。“教祖”もご満悦。そんなところに、彼の論の破綻を指摘して反論を加えたりしたら大変なことになる。 “空気読め”などという怒号を信者たちから浴びることになる。ここでのコメントは「さすがです!」「ステキです」以外は許されない“カルト集団”になっているのだ。
“あらあら、あんなところまで走って行ってしまったよ〜。だれか止めないのか”って思っても、まあメンドイから放っておこう。勝手に液状化でぐずぐずになっちゃいなよって。そのうちに、“教祖”は次第に自己認識にも破綻を来して、不自然な発言・挙動が増えてくる。それは多分、その集団の“衆愚政治”に教祖自ら迎合することによって起きるのだろう。“悪貨は良貨を駆逐する”状況になるということだ。

このように自分の足元を客土で埋め立てしたり盛土して何喰わぬ顔をしていても、度重なる揺れで、地下水が吹き出たり、時にはマンホールが飛び出てきたり、地盤は緩み家が傾き始めてくるのだ。そういうことになっている人が結構いる。





自分自身をルターでやカルヴァン西周のような啓蒙家だなんて勘違いしないこと。これしかない。

(完)