太陽のサーカス

10月初旬、ネバダ州はラスベガスにいる。この砂漠の蜃気楼のような街にいるのはかれこれ17〜18年ぶりになる。
その当時の定宿は「フラミンゴ」であった。このラスベガスでの本格的な“カジノホテル”の先駆けであり、映画にもなっているジューイッシュ・マフィアの“バグジー(毒虫)”ことベン・シーゲルが自分の愛人のニックネームをそのままホテルの名前にしたらしい。このホテルのこけら落としにはマフィア仲間のフランク・シナトラを呼んでディナーショウをしたと伝えられている。バグジーはこの後暗殺されてしまうが、彼の「フラミンゴ」の周りに次々と趣向を凝らしたカジノホテルが建造され、今ではそれぞれが妍(けん)を競い街中が一大テーマパークのような様相になっている。


フラミンゴ

Bellagio

The Cosomopolitan


最近の人気は噴水のオーケストレーションがウリの「ベラジオ」らしいのだが、われわれの宿は最も新しい「ザ・コスモポリタン」。カジノの端から端を歩くだけでも疲れるほどのハンパない大きさだ。

ここにはギャンブルに来たわけではなく、カナダのサーカス団「シルク・ドゥ・ソレイユ」(太陽のサーカス)の常設館がこのラスベガスに7つほどもありそれを見にLAから飛んできたワケだ。今回はMGMgrandでやっている「ka」がお目当て。
シルク・ドゥ・ソレイユ」がこれほどメジャーになる前に……多分20年ほど前かな、サンタモニカの桟橋の際のテント小屋なかで観たことがある。それはボクが持っていた“サーカス”のイメージを木っ端微塵に壊すもので、明るい爽やかな新しいミュージカルでも観たような読後感であった。

MGMグランド

……夕方7時の開演を待って、徒歩でMGMに向かう。チケットを手にすると、なんと最前列ではないか。ラッキー!ほんの2メートル前にステージがあり、その上をパフォーマーたちが全力疾走したり跳ねたりしている。だが、これは前過ぎることがすぐに解った。劇場の側面から側面へとロープが行き交い軽業が披露されているのだが、それを観るためには首を180度も回して振り返らなければなない。

ストーリーは極めて茫漠とある。双子の王子が離れ離れで旅をして悪の王国と戦い、遂には一緒になり自分たちの王国を築いてゆく。そのときどきに相手王国の王女の高橋典子(バトントワラー:準主役といっていい)との恋が散りばめられる……とでも言っておけばいいのかな?
「ka(カー)」というのは古代エジプトの死後の世界観のなかでの“この世にとどまる思い”といったようなもので説明すると相当の言葉を要する代物だ。それなのに、パフォーマーたちのメイクやコスチュームがどうみても中華文明風で(ボクは当初中国古代の「夏王朝」がモデルなのかと誤解しそうになった)、観客の理解を混濁させたりめくらましにしようという意図があるのかな?つまり、これはアクロバティックで筋肉的なサーカスなんだよといいたいのかしら?
われわれの前の幅2〜3メートルのステージに繋がるさらに奥のステージは全体が巨大な一枚の鉄板で、これが左右に大きく揺さぶられたり、垂直にまで持ち上がってしまう仕掛けになっている。落ちれば奈落の地獄。それに抗ってくさび様のものに体を預けることがすでにアクロバットになる。

20年前に別れた女性が現れて、さらに一層魅力的になっていたらとても嬉しい。20年前に初めて観た「シルク・ドゥ・ソレイユ」がさらにコンセプチャルで、さらにアクロバティックで、さらにエネルギシュで、さらにセクシーになって目の前に現れた。ハレルヤ!だ。
ボクの「アート」の定義は、“今まで観たこともないものを見せてくれる”ということである。今までの系譜に見当たらなくて、今後も継承されようもないとすれば、それは至高と言っていいかなと思う。この「シルク・ドゥ・ソレイユ」は十分に「アート」の領土を侵していると思う。

巻末に「ka」と「高橋典子さん」のyoutubeを掲載しておく。
ご関心の向きはどうぞ。


※↑youtubeから入ってください。


(完)