ゴルフ場の妖精


2012年10月初旬、LA郊外のパロスヴァルデスの丘陵に広がる「トランプナショナルゴルフクラブ」。かの不動産王のドナルド・トランプが巨費を投じ最初から米国を代表するゴルフ場を作ろう力瘤を入れたものらしい。設計はご存知“悪魔のような”ピート・ダイ。

このアメリカでは破天荒に高いプレイ費をプロショップで支払う。するとそのプロが“グッド・ラック!”とか言いながら、タイトリストのボールを1ダースこちらに渡そうとする。「いや、頼んでいない」とお断りしていると、常連らしい男が「ただだよターダ」と教えてくれた。ああ、そうなんだと小脇に抱えたが、これって“球をたくさんなくすからさ”という余計なお世話の老婆心なんだろう……。イヤ〜んな予感。
スタート係が日系アメリカ人で無粋な男同志のわれわれ日本人を見て、「今日は混んでいるから……(ウソコケ!ガラ空きだろうが……)フォーサムでプレイしてね。あとの2人も名前からすると日本人か日系だからちょうどいいんじゃない」と。また余計なお世話だ。

ここいら辺の気候はいつもそうなんだが、午前中はなんとなく薄曇り。まだ、スタートまでは時間があるので、練習場でボールでも打ってみるかとカートで向かう。日本のような練習専属のダンゴボールじゃなく、真っ白いニューボールが何個でも思うさまに打てる。それも本物の芝の上から。

一番のスタートホールに行くと、一緒する日本民族らしい男女。おじさんと30前後の女性。まだまだ十分にかわいい。わが方のパートナーはこのアメリカで初ラウンドで興奮している上に、女性が混じるわけで、さらに馬がいななくように鼻の穴はふくらみアブミからは泡を吹いて、前足ではターフを削っている。
彼女は教科書通りの綺麗なスイングでフェアウエイ中央にボールを運ぶ。それぞれがティーショットを打ってから二打目地点へ行くと、彼女が男三人を越えて一番飛んでいる。我が方のパートナーのこめかみのあたりにヒクヒクピリピリするものが浮き出た。


それからも、彼女のどこに力が入っているか解らないスイングから綺麗な弧を描いて飛んでいくボール。当然の事のように、一番先頭にいる。我がパートナーは上体、肩、前腕すべてがプルプルと音を立てるほどの“力感の王者”なれど結果は“傷心証明”のヘナチョコボールティーから180ヤードはひたすらブッシュというホールでは4連続だか5連続でロストボール。頭のてっぺんからヴォルケーノのように噴火して溶岩が吹き出しそうになっている。


彼女はほとんどが“印刷通り”のスコアをまとめてくる。この新しいくせに恐ろしくひねこびたコースで……。もっと驚くのは、われわれダッファーの球の行方を必ず見ていて、“もっと先ですよ”と微笑んで教えてくれる。“この下手糞どもがァ”という内心軽蔑の気配など微塵もないのである。

ラウンドしながらの会話で、ハワイからの日系アメリカ人だと明かしてくれた。

「お上手ですね」
「いえ、ゴルフ歴が長いだけです」

この辺りの会話はいつも虚しい。彼女が目指したものがなんであったのかをボクは知らないから。LPGAでの優勝を願って精進してきたのなら、いまは単に滞留しているだけということになるわけだから。

Pete Dyeデザインのコースはロス近郊のCypressC.C.、パームスプリングスのLa QintaやPGAWestなどでプレイしたことはあり、それぞれが大変難しいコースには違いないが、このTrump Nationalはスコットランド風を思いっきり趣向しているので、いわゆる「リンクス」風になっている。それが一層難しくしているのだろう。

われら二人とも散々で、「タイトリスト」1ダースはハーフで全てなくして、折り返しの時にプロショップでもう1ダースを買い求めた。これがすべてを物語っている。散々を通り越して大惨事である。

そのハワイアンの女性と別れ際……。
「今日は何にもいいことはなかった。でも、あなたという素晴らしいゴルファーとプレイ出来たことがすばらしい日にしてくれました。ありがとうございました」

格のあるゴルフ場にはよく妖精が棲んでいると聞く。彼女はわれわれのために舞い降りてくれた人智を超えた“もののけ姫”だったと思う。
ハレルヤ!!

(完)