愛しき動物たち⑤「ブラックベアの親子」

カナダのカルガリー空港で降りて、車でバンフに向かう。夏休みを利用してロスアンジェルスからE夫妻と観光とゴルフの旅である。

ほとんど直線の道をひたすら目的地へ。この壮大な風景のなかを2時間ちょっとのドライブだ。ここまでくると、暦の上では夏なのに風景は夏をしていない。「夏」という記号に属するもの……当然あってしかるべきものうちの何かが確実に欠けている。光かもしれないし、草いきれかもしれないし、熱い風かもしれない。美しい女性なのに、色気とか嫋々たるものが乏しく、感情を表に出さない冷ややかで硬質な横顔だけを見せているようなものだ。つまり、はじめから秋が忍び込んでいる夏なのだ。

バンフでの朝一番のゴルフはカシミヤのセーターを着込んで完全な冬支度。

午後はルイーズ湖へバスで向かう。この辺り一帯に未だに残る氷河。その氷河が何万年も掛けて山肌をゆっくりと滑り落ち、その摩滅で岩石が微細に削れる。包丁を砥石で研ぐ時に出る粉のようなものと思えばいい。それが氷河から滴ってきた水に溶け込み湖に流れ落ちる。それらの粒子が太陽光線の屈折でペパーミントグリーンにミルクを混ぜ込んだような不思議な色になる。


そこへ向かう道の途中でバスが突如止まった。運転手が「ブラックベアの親子ですよ〜」とアナウンスする。窓の外を眺めると、道路脇のブッシュに灌木があり、それに赤い実が成っている。二頭の小熊がか細い幹によじ上り、枝を撓めてそれを口にしている。すぐ側で見守っている母熊。
(貼付の画像はアリモノを使用)
まるで一幅の絵である。
やがて、ブッシュの奥へと三頭は消え、バスも再びしペパーミントグリーンの湖へと向かう。
バスの乗客は思いがけないボーナスを貰って、皆幸福そうに微笑んでいた。

(完)