クリスマスにはチキン(臆病風)を……


「なんで日本人はクリスマスになると夢中でローストチキンを食べるの?」

というアメリカ人が多い。
いや、ボクも何だろうと永年思ってきた。

「日本ではターキー(七面鳥)が手に入りにくいから、その代替でチキンにしてんじゃね?」

“ああなるほど!”と思いかけて、いやいや“それは「サンクス・ギビング・ディ(感謝祭)」だろうが?”「ターキー・ディ」とまでいわれる11月第4木曜日。

スーパーマーケットで買って来た羽根を毟った七面鳥。そのはらわたにスタフィングを詰め込み、オーブンで気長にローストするのは大概のところ一家の主の役目になっている。


この大きな塊をなかなか一夜では食べきれるものでない。

「『感謝祭』のあと、一週間ほどターキーのサンドイッチが続くのが悲しいのよね」

と嘆いていたアメリカ人がいたっけ。
それを4週間後のクリスマスにもまた食べたいか?


「感謝祭」の起りは諸説ある。最も美しいものは以下のこれだ。

メイフラワー号のピリグリム・ファーザーズたちが、ばらのにおいのような夢を抱いてこの新大陸へきたのに、皮肉にもプリマス(ボストン郊外のこの地はアメリカ人の聖地のひとつ)に着いた時は12月の厳寒期。飢えと寒さに苦しむ清教徒たちに同情したプリマスのインディアンたちは彼らの食料とか次の年の収穫のための種イモ、種トウモロコシまでも、そして七面鳥もイギリスからの逃亡者たちに分け与えた。さらに、無事冬を越した彼らに土地さえも譲り与えた。
そんなインディアンからの愛とか好意を忘れずおこうとして、その時に分け与えられたものを中心にした収穫物とともに、「インディアンに感謝する祭」というのを始めたのが「サンクス・ギビング・ディ」の起こり。だから、正式の「感謝祭」にはインディアンの羽飾りをした人物が加わる。勿論、七面鳥を食べることもお約束だ
つまり、「感謝祭」においてターキーはジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシとともに重要な“お供え物”なんだ。


勿論、多種民族国家であるアメリカのことだから、“全国統一”ということは珍しく、「クリスマス・ディナー」に関しても、それぞれの家族の出自とか出身によって家々によって異なる。だから、クリスマスに七面鳥を食べる家もある。

だが、定番だといっていいのはターキーではなく、大きな豚の塊を焼いたロースト・ハムだろう。これに甘いクランベリー・ソースを付けたりして食する。



「クリスマス・ケーキ」という概念もない。パイとかクッキーが大概であった。



(上記典型的なクリスマス・ディナーのプレート。下記はクリスマス・クッキー。)








日本ではなぜこうなった?企業の影がちらつくなって思って、調べるとやはりそうだった。

1974年にケンタッキーフライドチキン(KFC)がはじめて“クリスマスにはローストチキンを”というキャンペーンを始めたとされている。これが今やKFCの枠を超えて、この季節の鳥の胸肉全体の売り上げを跳ね上げている。
これは、1958年に「メリーチョコレート」が“バレンタインにはチョコレート”というキャンペーンを始めて、それがチョコレート業界全体の売り上げに貢献しているのと似た現象だと思う。


それらの“先駆者”は「不二屋」だと思う。日本人は「クリスマス・ケーキ」と言われれば、あの丸いスポンジケーキを台にして、生クリームがサンドされ、さらに全体を白っぽいクリームがコーティングされ、イチゴなどが散らせてあるものを思い浮かべるのだろう。だがこれは「不二屋」が1922年にキャンペーンを始めた結果のわれわれの脳みそへの“刷り込み”に過ぎないわけで……。

その上、そのクリスマス・ケーキにロウソクを立てて火を点けるというギミックまで付加した。これにはもうアメリカ人もイギリス人も目を剥くだろうな……。
まあでも、イエス・キリストの誕生日ではあるんだから、いいとしようか……。大火事になるほどロウソクを沢山立てないといけないけど……。


とにかく色々あろうが、今年のクリスマスもKFCの陰謀に乗ってチキンを食べて、臆病風を吹かそうじゃないか。


(完)